辺りが暗くなってきて、すぐ近くにいる藤原さんの顔が見えづらくなる。
携帯電話の液晶を光らせて、時間を確認する。
「そろそろヒロのお迎え、行かなくちゃ」
「あ、そうか。引き留めてゴメンね」
「うん、じゃあ…」
「ゆっくり休んで。お疲れさま」
私は、藤原さんの顔を見ずに車へと乗り、急いでエンジンをかける。
こうして二人でいることに、罪悪感が押し寄せる。
そして、藤原さんの好意を受け入れられないことがわかっていて、二人でいることに虚しさを感じる。
別居している、なんて嘘かもしれないし
奥さんと離婚する、ってハッキリ言ったわけじゃないし
いくら好きって言われても、信用なんか出来ない…
でも…、嬉しくないって言ったら嘘になる。
30過ぎて、子供いて、そんな私を
好きだとか憧れるとか…
でも、不倫を受け入れるつもりはないし
もし奥さんと別れたとしても、ヒロのことを考えると…
藤原さんに限らずだけど
もし付き合って、ヒロがなついたとして、そこで別れたりしたら
ヒロに、どんな気持ちをさせてしまうんだろう、とか躊躇してしまう。
子供のせいにするわけじゃないけれど
バツイチでも、子供がいるのといないのとでは、再出発の意味が大きく違ってくると思う。
藤原さんからの好意は、私に勇気と自信を与えてくれたことは間違いない。
離婚してから、自立し母親として頑張ってきた私を、初めて評価してくれた人。
ずっと自分を責めてきた私は、救われた気さえするのだ。
だけど、どうにもならない。
どうにかなっては、いけないのだ。
その夜、藤原さんからメールが来た。
「お迎え、間に合った?引き止めてゴメン。つい一緒にいたくなってしまう。けど、櫻は母親だもんな。
オレ、母親としての櫻を、見ようとはしてなかった。櫻には見抜かれていたかね」
え?
母親としての私を、見ていなかった…?
私は、母親としての私を認めてくれたのだと思ったから嬉しかったのに。
じゃあ、私の何を好きだと言ってくれたの?
今まで言ったことは、嘘?
私の中にある古傷が、チリチリと痛み出す。
嘘だけは、つかないで。
嘘をつかれたら、何も信用できなくなるから。
良いことばかり言って喜ばせて、浮気しようとしただけ?
私は、悲しさと怒りが入り混じったような気持ちに支配されて、血圧が上昇したかのような苦しさをおぼえた。
「軽い気持ちで浮気したかっただけなら、他の女の子にして下さい。私がバツイチだと知っていて、傷ついたことを知っていて、騙すようなことするなんて酷いです。もうメールするのも、やめて下さい」
藤原さんからの返事は、なかった。
終わりになって、これで良かったんだ、と思う。
なのに何故か、涙が止まらなかった。
それから2、3日経って
いつもと変わらず、仕事をしていた時のこと。
子供たちは、お昼寝の時間で、私たち保育士は、記録書きや壁面作りをしていた。
トントン、と扉が叩かれて、みんなが振り向くと、綺麗な女性が立っていた。
「お仕事中、失礼致します」
みんな、誰だろう?と思いながら会釈をした。
「藤原の妻です」
ヒェェェーーー!!